がんばりマガジン
インタビュー

「こぐま会」の久野先生に聞く 幼児教育の今<1回目>

「こぐま会」代表 久野泰可氏
「こぐま会」代表 久野泰可氏

目標が見えにくい日本の幼児教育 「教科書のない学習」にどう取り組む?

icon文・廿楽玲子
7歳の娘をもつライター。親子ともに小学校受験の経験あり。

——久野先生、今日はよろしくお願いします。幼児教育に関心はあるけれど、なにをどう始めたらいいのかわからない親御さんは多くいらっしゃると思います。私も親のひとりとして、今日はいろいろ伺えればと思っています。

久野先生:はい、よろしくお願いします。幼児教育が大事だということは昔から言われていますし、みなさんもそう思われていると思います。その一方で、日本の幼児教育は遊び保育が中心で、幼児期には特定の課題を与えず、季節の行事を中心に1年を過ごしているという現状もあります。私はさまざまな国で幼児教育のあり方を見てきましたが、日本のようにのんびりとした教育は世界的にもかなり稀です。

——娘が通った保育園も、課題などはとくにありませんでした。園によって読み書きや計算、英語教育などを取り入れているようですが。

久野先生:日本はまず、国レベルで幼児教育の目標を定めていない。これが大きな問題です。明確な指針がないから、園ごとに漢字教育やリトミックなど、特殊な能力を高めるものを取り入れて、差別化をはかっているわけです。ただそれは園によってバラバラだし、同じ園でも先生によって受け止め方がバラバラです。そして日本には、幼児はまだ勉強する必要はないという考え方が、いまだに根強くあります。幼児期は体を鍛えて、お友だちと仲良くして、10まで数えられて、自分の名前が書ければ、それでよしという考え方がある。しかしそれでどうなったかというと、学校に入ってから子どもたちに大きな学力差が出てしまった。そしてそれは最終的に、すべて家庭の責任にされてしまったのです。

——確かに教育格差は深刻な問題です。

久野先生:その問題は昔からあって、私がこの世界に入ったひとつのきっかけでもあります。最近やっと国が重い腰を上げて、幼児期に最大の投資をしようと、幼児教育・保育の無償化を打ち出しました(2019年10月から)。また、幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿といった目標も打ち出しました。しかしここで打ち出された教育目標が抽象的すぎて、園の先生たちは具体的に何をすればいいのかわからないと言っています。本当は国が「幼児期はここまでやれば大丈夫ですよ、あとは小学校に任せてください」と明確に示してくれたらいいのですが、今のところそういうものはありません。そこでいちばん困っているのが、子を持つ親たちです。指針がないから、隣の子はもう漢字が書けるとか、英語を始めたらしいとか、周囲と比べて不安になって、いろんなものに飛びついていく。

——そうなんです、ゴールが見えないので不安だし、焦ります。

久野先生:そこで多くの人が前倒しの学習をやります。当然ですよね、すべきことがわからないのですから、将来やることを先取りするしかありません。

小学校受験を考える方もいらっしゃると思いますが、小学校受験には教科書がありません。教科書がないのに試験はあるという、きわめて奇異な試験なのです。そこでみなさん何をやるかというと、過去問を早い段階から解きはじめてしまう。当然まだ解けませんから、結果的に子どもを追い込んでしまいます。

——小学校受験は「親の受験」などと言われ、どこか特殊なイメージもあります。

久野先生:小学校側が求めているものは、昔も今も基本的には変わりません。考える力があるか、つまり基礎学力が問われます。学校の先生たちが作る試験ですから、難問奇問などではなく、知能テストや小学校で学ぶ内容に準じた基礎的な力を見ています。ところが小学校受験は特殊なものとして多くの人が敬遠し、受験をしない人たちは自分には関係ないと思ってしまう。そして小学校が近くなると、いきなり文字や数の勉強に進んでしまう。しかし考える力が身についていなければ、勉強は文字や数字を詰め込む無味乾燥なものになり、勉強に興味の持てない子になってしまう可能性があります。

考える力は、どのように培われるか「こぐま会」代表 久野泰可氏

——考える力は、どのように培われるのでしょうか。

久野先生:子どもは発達段階に沿って、ひとつずつものごとを理解していきます。小学校受験では多くの学校でペーパーテストが行われますが、「こぐま会」ではペーパー問題をいきなり始めることはしません。まず初めは体を動かし、その次に手を使い、そして最後にペーパー問題に取り組みます。学習するうえで、自分で体を動かし、試行錯誤して結論に辿り付くというプロセスはとても大事なのです。

——3歳には3歳、4歳には4歳に適した学習法があるということですね。

久野先生:もちろんそうです。そのために我々は教育の現場で、子どもたちの様子を見ながらメソッドを作り上げていく手段を取ってきました。その中で生まれた「ひとりでとっくん」100冊シリーズは、やさしいものから難しいものまで組み立ててあるので、みなさん小学校受験の教科書として使いやすいとおっしゃってくださいます。

——ただ、幼児期の子どもってなんでも素早く吸収するように見えるので、親としてはどんどん詰め込みたくなってしまうのですが……。

久野先生:詰め込んだものは、やがて全部消えていきます。教え込みがなぜいけないのか、ある小学校の面接問題を挙げてみましょう。

「お父さんとお母さんとあなたが電車に乗っていて、席がひとつ空いています。誰が座りますか?」

この問いに対し、ある子は「お母さんです」と答えました。なぜかと聞くと、「お母さんはいつもお仕事で疲れてるから。お母さんに座ってもらいます」と。また、ある子は、こう答えました。「お年寄りや、体の不自由な人に座ってもらいます」。この答えはどうでしょう?

——一見、正しいような気もしますが……。

久野先生:面接官は「でも、そこにはお父さんとお母さんとあなたしかいないんですよ」と再度説明しました。ここで問われていたのは、話を聞いて理解する力です。その子は知識のある子でしたが、いわゆる常識問題という社会性が詰め込まれ、与えられた知識だけで答えてしまった。じつは、今の学校はそういう詰め込みの知識をいちばん嫌います。この問題は引っかけと言えば引っかけ問題ですが、今の子たちは自主的に判断する力に欠けているので、学校側もそういう部分を見ています。

——学校側が今どんな子どもを求めているのか、それは親も知りたいところです。

久野先生:慶應義塾横浜初等部は開校時に、こんなメッセージを送りました。今の子たちは受験塾でいろんなことを学ぶけれど、学校はそんなものを期待していないと。形を教え込まれて、同じような振る舞いをする子が集まるほど魅力のない学校だと、はっきり伝えています。

——それは親としても共感できますし、どこかホッとします。

久野先生:学校側も徐々にこうしたメッセージを発信し始めています。ですから、型を教え込むような勉強はしないでほしいのです。

■次回は、幼児期に育てたい「考える力」についてお聞きします。

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